外貨mmfの意外な事実

それでなくてもY堂グループが銀行事業に参入してくることに、受けて立つ側の銀行業界に「一種の恐れ」があったことは否めない。 堅実な経営で知られるY堂グループであるだけに、銀行参入失敗のリスクは少ないと見ていたからだ。
しかもATM共同出資会社の交渉の過程でも、銀行業界の常識とはかけ離れた提案をしてきたから、今回の新銀行でも必ずや金融村の常識を覆すという恐れがあった。 大手行の不良債権処理がまだ終わっておらず、銀行は経営的に非常に苦しく神経質な時期とも重なっていた。
2000年春ごろ、Y堂側かRにある提案をしたことがきっかけで、新銀行設立の準備は大きな暗礁に乗り上げた。 新銀行が構築する決済インフラへの接続料について、一行あたり年間15億円の支払いを要請したのだった。
Rとしては既に日銀ネットや全銀ネットの巨大なインフラがあるので新たなインフラを作ることに強い難色を示した。 RはY堂側に対して離脱を表明した。
設立趣意書の中の事業計画書には「ATMによるペイメント、各企業の資金の出入りを合算するクリアリング、企業間での資金移動の3つを低コストで円滑に提供する」という内容があり、これに対しても「壮大すぎる」(関係者)と抵抗が強かった。 なぜY堂やSは、摩擦を恐れずにRの説得を繰り返したのか。

Y堂グループ、なかでもSは、小売業界の常識を何度も覆し、その度に経営効率と消費者利便の向上を勝ち取ってきた。 だからRにも自分たちが時間をかけて説得すれば、打開策が見つかると考えていた。
ところがRいや銀行業界全体の受け止め方は違っていた。 「Sがこれまで説得工作を繰り返して成功してきたのは、Sの店頭に商品を置いてもらいたい業者や、商品を運ぶ業者ばかり。
基本的にはSに頭を下げなくてはいけない取引先だ。 我々金融業界はそんな立場ではない」という認識が強かった。
Y堂側もRの空気を察するようになった。 Rの協力がなくては元も子もない。
Y堂側はこのプロジェクトから日銀元幹部を外さざるを得なかった。 RはY堂側に、確固たる責任者をプロジェクトに加えるように要請した。
これを受けてSY堂副社長(当時)とUS常務(当時)が新たに参加し、事態の収拾を図ることになった。 SもUも、ともにSの信望が厚く、数多くの対外的な交渉役を務めていた。
UはSの財務を担当しており、日ごろから金融機関とのパイプを持っていた。 仕切り直しでRとの関係が修復したのは、設立趣意書を提出してから半年近くたった5月の連休明けだった。
金融監督庁では、異業種による銀行業参入のためのガイドライン(指針)作りが急ピッチで進められていた。

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